一人は発達障害、もう一人は不登校のち中退、でもきっと大丈夫

上の子は発達障害、下の子は不登校のち高校中退しました。でもきっと大丈夫。

高校中退した息子のこれまで(33)

最後の大学受験を間近に控えた長男には


私と次男の夜中の争う声はきついだろうと

判断し、次男のゲームの時間、就寝時間の声かけは控えることにしました。ただし、長男が試験を控えているため、夜12時までには通話はやめるよう伝えました。



年もおしせまる晦日、大晦日、次男は夜中

〜朝方までクラスのお友達とオンラインゲームをしながら起きていました。

小声なので大丈夫と思ったのでしょう、話し声が朝方まで聞こえてきました。


それでも毎年恒例の元旦の初詣には

朝5時台の出発だったにかかわらず、

きちんと起き、支度をして一緒に出かける

ことができました。


、、、もう大丈夫かもしれない。


二学期の後半は休まずに登校できたんだから。


これで本当にすべてが終わり、元通りの

生活に戻れたのかもしれない。


初詣が終わり、挨拶に行った私の実家で

嬉しくなって実母に話したのを覚えています。


「もう大丈夫みたい。」と。


冬休みは瞬く間に終わり、3学期が

始まります。


オンラインゲームは、仲間の子たちは1時頃までやっているそうですが、本人だけ、

言いつけ通り12時には抜け、あとは動画などをみて寝るようでした。


それでも就寝1時、2時が続いて

朝起きるのが段々と難しくなってきました。


2限から登校、、

それも難しく昼休みも過ぎた5限に

送っていくこともありました。


、、、夜は早く寝るよう促し、

朝、大声で起こし、布団をはがし、

お小遣いと引き換えになだめて連れて行けばもしかしたら今まだ高校に通っていたかも

しれません。


でも、必死に勉強を頑張っている長男は、

寝ている時間が唯一の休める時間です。


私と次男のやりとりの声で目を覚まさせるのはかわいそうでした。


だから、我慢しました。



きっと、1日寝てしまい、学校も休んだら

嫌な気持ちになって、反省するだろう。


それを期待していました。


また、ありがたいことに、

1月、2月の初めは、次男の学校は、中学受験、高校受験のため

生徒達は休みがたくさんあり、登校する日は

わずかでした。


、、、しかしそれが裏目に出てしまいます。

毎晩毎晩オンラインゲーム、動画、と

夜中起きている日が続き、

休み明けには、遅刻、欠席が増えていきました。


やっと支度をさせて3限に間に合うよう車で送り、出かけようと駅までの道を歩いて

いると、牛丼の袋を下げて帰ってくる次男と

会ったこともあります。


「頭が痛いから帰ってきた」とニヤニヤしながら言っていました。


6限でもいい、ホームルームだけでもいい、


とにかく、起きなくても、遅刻しても、

学校には足を踏み入れて欲しかった。


どんなに遅く起きても何とかなだめて

車で送る日々でした。


しかしそんな状態が1ヶ月も続くと、

全く出席できていない授業、つまり、

単位を落としそうな科目が出てきます。


それは体育でした。


体育が得意で運動部の部長で、体育の先生からは可愛がってもらい、

体育祭では毎年リレーで活躍していた中学時代。


体育祭での大勢の前での選手宣誓はかっこよかった。


その頃とは彼は別の人間になってしまった

ようでした。


「体育の先生が怖い」

「体育はかったるい」


とよくこぼしていました。



気の向かない体育は、単位取得の条件である3分の1の出席が達成できそうにありませんでした。


どうしよう、、、焦り、心配で

せめて本人に自覚してもらおうと

カレンダーを手書きで作り、

各科目の出席状況を書き込んでいきました。


そんな中、長男の受験も無事終わり、大変心配でしたが、なんとか滑り止めクラスでしたが

大学に合格することができました(長男は大変落胆して、入学までの数週間は引きこもっていましたが良いお友達に恵まれ、楽しく大学生活を送っています)。


長男の受験終了とともに、また大声で声かけする日々が始まりました。


体育のテストは受けてくれるのか。

期末テストには行ってくれるのか。


気が気ではありません。


オンラインゲームをやめようともしません。


遅く起き、

「2限に間に合うから支度しよう」


と声をかけると

「すごく疲れているから4限からにして」


とお願いされ、待っていると

部屋から話し声がし、オンラインゲームで

予備校のお友達と話していた時には、

悲しくなりました。


冬季うつなのか?

冬眠に入ってしまった動物さながら

鈍さと遅さに拍車がかかり、

(表現は悪いですがカエルがのっこり歩いているような、、)


あの輝いていた中学時代が嘘のようでした。


しかし何とか期末テストは出席することが

できました。


彼は2学期のテストで学年1位や2位といった科目もあり、総合点でもとても良い成績

だったためか、成績には彼なりのこだわりが

あったのです。


そのこだわりが救いとなりました。

全科目テストを受け、本人の希望の、選抜クラスに入ることが決まりました(このクラス分けがのちにあだとなってしまいます)。



あとで聞いたところによると、

大幅な特例措置で、おまけをしてもらい

何とか、何とか2年生に進級できたのでした。


(続きます)